戦後の集約80年が、賞味期限を迎えた——三大都市圏から人が八ヶ岳へ動く本当の理由
- 5月22日
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前回は、移住相談7万3千件、長野県3位、20代の堅実層、東京の家賃が過去最高更新——という現場の地図を見てきた。今回は、もう一段奥に入る。
なぜ三大都市圏(首都圏・名古屋・大阪京都)から人が動き出しているのか。
「家賃が高いから」だけでは説明しきれない。複数の押し出し圧力が、同時に重なっているからこそ、5年連続で過去最高更新という規模になる。今回はその構造を整理してみたい。
三大都市圏の集約構造——20世紀の遺産
まず、なぜ三大都市圏に人が集まったのかを振り返る。
戦後80年、日本の人と仕事は、首都圏・名古屋圏・大阪京都圏の3つに集約されてきた。製造業の集積、サービス業の集中、大学・企業本社・行政機能の一極化——これは1950〜2010年代までの成長モデルそのものだった。
集約は効率的だった。通勤圏に職住が揃い、サービスが密集し、夜遅くまで電車が動く。地方より生産性が高く、賃金も高かった。
だから、地方の若者は東京・名古屋・大阪へ向かった。彼らの親も、それを子どもの幸せだと考えた。「集約こそ正解」だった時代が、80年続いた。
ところが、ここ数年、その前提が崩れている。
4つの押し出し圧力が、同時に重なった
三大都市圏から人を押し出している圧力は、ひとつではない。いまの局面が異常なのは、4つの圧力が同時に重なっていることだ。
① コロナの記憶——集約の脆さが露呈した
2020〜2022年に、満員電車・密集オフィス・一斉休校・医療逼迫を体験した。「集約しておけば効率的」の前提が、一瞬で崩れた。人々は身体で「集約の脆さ」を知ってしまった。コロナが終わっても、この記憶は消えない。
② 中東情勢・エネルギー不安
2023年以降、原油高・燃料高・肥料高が連鎖した。外部供給に全面依存する都市生活の脆さが、家計に直接届いた。
③ 日中緊張・サプライチェーン不安
台湾有事シナリオ、半導体、レアアース、海上輸送。「遠くの戦争は関係ない」の前提が崩れた。
④ 物価高——総仕上げ
2022年以降、電気代・ガソリン・食料・住宅資材が一斉に上がった。家賃も過去最高更新。4つ目にして総仕上げ。それまでの懸念がすべて家計に直接届いた。固定費の高い暮らしほど打撃が大きいことが、誰の目にも見える形で表面化した。
5年で4回、「集約・依存・遠距離・固定費高」の暮らしが構造的にテストされ、4回ともその脆さが露呈した。人々の感覚はもう戻らない。これが移動の根本要因だ。
八ヶ岳西麓の現場でも、ここ1〜2年で20代-40代が「区加入・畑・自給」を希望条件に出すようになった。5年前にはほぼなかった層だ。コロナと物価高を経て、自分の手で食べ物と燃料を確保できる暮らしを、最初から選択肢に入れて来る。
「郊外」では足りない——通勤圏の罠
押し出された人々は、最初は「郊外」を目指した。
東京なら埼玉・千葉・神奈川、大阪なら奈良・滋賀、名古屋なら岐阜・三重。家賃は下がる。通勤距離は伸びるが、リモートワーク併用ならなんとかなる。
ところがここに罠があった。
通勤圏の郊外は、家賃が安いだけで、構造としては都市集約の延長線上にある。固定費の総額は変わらない(交通費が増える)。地縁は薄い。自給性はない。気候も湾岸都市部とほぼ同じ。
つまり、「郊外に出る」は、押し出されている圧力(集約・依存・固定化)の根本解決にならない。家賃という一項目の対症療法にすぎない。
これに気づいた層が、さらに外へ動き始めた。
「広域郊外」という解——通勤を前提にしない
前回も触れたが、もう一度整理する。
都内(都心〜30分):集約の中心
郊外(都心〜1時間):集約の延長、通勤前提
広域郊外(都心〜2時間以上):通勤を前提にしない、別の生活設計
広域郊外への動きを支えたのは、リモートワークの定着だった。コロナ前は、月に何度かでも通勤するなら、都心1時間圏内に住むしかなかった。コロナ後、月1〜2回の通勤で済むなら、新幹線2時間圏内も視野に入る。
長野・群馬・栃木が移住相談で上位を占めるのは、この広域郊外としての成立条件を満たしているからだ。
そして広域郊外は、通勤を諦めることで、固定費・地縁・自給・気候のすべてを再設計する選択肢になる。郊外と決定的に違うのはここだ。
三層を並べると、違いが見えてくる。
都内(都心〜30分):固定費=高い/自給=ほぼ不可能/地縁=ほぼ機能していない/災害時=集約・依存の極大/リモートワーク=完全に可能
郊外・通勤圏(都心〜1時間):固定費=中〜高(交通費増)/自給=家庭菜園程度/地縁=希薄/災害時=中間/リモートワーク=完全に可能
広域郊外・通勤外(都心〜2時間以上):固定費=縮小可能/自給=畑・薪・井戸で実装可能/地縁=区・財産区・水利が機能/災害時=分散・自給で耐性高/リモートワーク=完全に可能
リモートワークが完全に可能になった時点で、地理的距離は決定的な制約ではなくなった。残る差は「その土地で何ができる暮らしか」になった。広域郊外が選ばれているのは、ここで他の二つに勝つからだ。
名古屋・大阪京都圏からの動き——もうひとつの広域郊外
移住相談ランキングは首都圏発が中心の見方になりがちだが、名古屋圏・大阪京都圏でも同じ構造の動きが起きている。
名古屋圏からは、長野県南信州(伊那・飯田)、岐阜中津川・恵那、滋賀近江八幡・長浜——標高があり、地縁が残り、自然が近い場所への動き。
大阪京都圏からは、和歌山・奈良南部・京都府北部(綾部・福知山)、兵庫北部——同じく、集約の論理から外に出られる場所。
つまり、「広域郊外への動き」は、首都圏特有の現象ではない。日本の三大都市圏すべてで、同じ構造の動きが平行して起きている。
これは流行ではない。文明的な動きだ。
500〜1000年の振り子——A型からB型へ
文明史のスケールで見ると、人類社会は500〜1000年の周期で、二つの組織原理を振り子のように交代させてきた。
ひとつはA型秩序——抽象的な原理(法・市場・契約・効率)に従って人を集める時代。ローマ帝国、近代西洋、戦後の米英覇権・グローバリズムがそれにあたる。中心に「ルール」があり、地縁から切り離された個人が普遍ルールで結ばれる。
もうひとつはB型秩序——関係性(家族・氏族・地縁・序列)の上に社会が組まれる時代。中華の朝貢体制、東アジア前近代、日本の幕藩体制、そして縄文社会がそれにあたる。中心に「誰と誰がどう繋がっているか」があり、個人は土地と関係網に埋め込まれる。
1900年から2020年までの120年間は、A型極大期だった。世界中で集約・契約・普遍ルールが拡大した。日本の戦後80年の集約モデルは、世界規模のA型極大期の中で、日本側に現れた形にすぎない。
2020年から、振り子はB型方向へ戻り始めた。コロナ・中東情勢・日中緊張・物価高——4つの圧力は、A型極大期の歪みが一気に露呈した現場だ。
戦後80年の「集約こそ正解」が賞味期限を迎えたのは、日本のローカル事情ではない。500〜1000年スケールの振り子が、A型からB型へ戻り始めた現場側の現れだ。
広域郊外への動きは、家賃の問題ではない。組織原理の交代の、現場側の現れだ。
縄文構造5軸で見ると、なぜ広域郊外なのか
前回示した5軸——分散・自給・低依存・地縁・可逆——を当てはめると、なぜ広域郊外が選ばれるかが見えてくる。
分散:三大都市圏は一極集中の極致。広域郊外は分散側
自給:都市は外部供給100%、広域郊外は畑・薪・井戸の選択肢がある
低依存:都市は固定費が高い、広域郊外は低く設計可能
地縁:都市は契約のみ、広域郊外は区・自治会が残る
可逆:都市は撤退コストが高い、広域郊外は規模調整が可能
5軸すべてで、広域郊外が優位に立つ。これは「集約・依存・固定化」の反対を選ぶという、構造の選択だ。A型からB型への振り子が現場で動き出している、その一例として読める。
八ヶ岳ライフが立っている場所
私たちは八ヶ岳西麓3町村(茅野市・原村・富士見町)に20年特化して、宅地・農地・山林・空き家・別荘を自社で買い取り、再生して引き渡す仕事をしている。鑑定士の目で広域郊外全体を俯瞰すると、軽井沢・那須・伊豆・房総・南信州——同じ「広域郊外」でも、5軸の充足度はずいぶん違う。
冬の生活実務(凍結・除雪・薪確保)まで含めて、その別の論理の暮らしは具体的に組める場所と組めない場所がある。次回からは、そこに入っていきたい。
次回:広域郊外の中で、八ヶ岳西麓はどこに位置するか
次回からは、いよいよ広域郊外の中の比較に入る。
軽井沢・那須・伊豆・房総・南信州——いずれも広域郊外だが、それぞれに違う性格を持つ。その中で、八ヶ岳西麓(茅野市・原村・富士見町)はどう位置づけられるのか。
「広域郊外ならどこでも同じ」ではない。むしろ、広域郊外の中の選び方こそ、これからの100年を決める。
三大都市圏から押し出されてきた人々が、最終的にたどり着くのは、集約の反対側にある暮らし方だ。
それは「便利な田舎」でも「都会の縮小版」でもなく、そもそも別の論理で組まれた暮らし。畑があり、薪があり、区との関わりがあり、固定費が低く、季節と同期している。
戦後80年の「集約こそ正解」が賞味期限を迎えた今、その別の論理の暮らしが、いきなり輝きを持ち始めている。八ヶ岳西麓は、その暮らしが成立する場所のひとつだ。
物件のことでも、暮らしの設計のことでも、相談があればいつでも声をかけてほしい。一緒に考えていけたら、と思う。



