東京の朝の電車に、もう未来を感じない——八ヶ岳西麓から見る「集約から分散へ」の波と二地域居住
- 5 日前
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最近、東京の朝の電車に未来を感じなくなった。茅野駅の駅ビル投資にも違和感がある。一方で、20年前にリーマンショック後の組織再編で経験したことが、今の「SaaSの死」の波と重なって見える。集約から分散へ、重さから軽さへ。3つの長い波と縄文構造の判定軸で、いま個人と会社が向き合っている転換点を、八ヶ岳西麓で20年以上不動産業を営んできた立場から整理してみたい。二地域居住・移住を考えている方、自社の組織変更を検討している経営者の方の参考になればと思う。
東京の朝の電車に、未来を感じなくなった
東京に行くたびに、朝の電車に乗ると違和感が膨らむ。
何百万人もの人が、毎朝決まった時間に、決まった方向に、ぎゅうぎゅう詰めの箱に押し込まれて運ばれていく。窓ガラスに頬が押し付けられ、隣の人の鞄が腰に食い込み、スマートフォンの画面だけが各自の世界になっている。降りる駅が来るまで、誰もが無表情で耐える。
私自身、若い頃は東京で働いていたので、この景色は知っている。当時は当たり前だった。けれど、八ヶ岳西麓に拠点を移して20年以上経ち、たまに東京に出ると、この光景に正直、未来を感じなくなった。
20年前、30年前ならわかる。当時の通信技術と仕事の仕組みでは、人が物理的に集まらないと仕事が進まなかった。だから朝の集約輸送には合理性があった。重さがあっても必要だった。
しかし今、通信は十分すぎるほど発達した。会議はオンラインでできる。書類はクラウドで共有できる。同じ部屋にいなくても、複数人で同じ文書を同時に編集できる。こちらから見ていると、もう物理的に集まる必要がほとんどない仕事まで、毎朝同じように運ばれている。
つまり、技術的にはとっくに分散できる仕事が、習慣として集約され続けている。これが、私が東京で感じている違和感の正体だと思う。
「効率的」だったはずの集約が、いま重くなっている
電車での大量輸送は、20世紀の発明として優れていた。一度に大量の人間を運べる、エネルギー効率が良い、定時運行できる。だから世界中の大都市が、この仕組みの上に建てられた。
ただ、優れた仕組みは、優れているがゆえに、その上に重いものが積み上がる。駅前商業、駅ビル、地下街、駅近マンション、通勤定期、ラッシュ時間帯のオフィス賃料。すべて「電車で大量輸送される人間が、駅の近くにいる」という前提の上に積み上がってきた。
そしていま、その前提がゆっくり崩れている。リモートワークが定着し、コロナ禍で一度離散した働き方が完全には戻らなかった。ネット通販が日常になり、駅前で買い物する必要が減った。人が動かなくなれば、駅前の商業は薄くなる。駅ビルの空きテナントが目につくようになる。
何かが時代遅れになるとき、それは突然消えるのではなく、長いあいだ残り続ける。残り続けながら、徐々に違和感を集めていく。私が東京で感じる違和感は、そういう種類のものだと思っている。
茅野駅の駅ビル投資を見て、考えていること
そんな違和感を抱えながら、最近、茅野駅の駅ビルに新しい投資が入った話を聞いた。地元としては明るい話題のはずなのに、私は正直、うまくいくのが難しいのではないかと感じている。
これは茅野駅だけの話ではない。松本駅ですら、駅前再開発は苦戦している。長野駅も、そして東京から遠ざかるほどに、駅を中心にした商業集積は重さを増している。
東京ですら、もう駅前集約に未来があるかどうか怪しい。それなのに、地方の駅で同じ仕組みを再現しようとする。この発想そのものが、上り坂の終わった構造の上に乗っている。
茅野駅の周りで暮らしている人の何割が、毎日駅を通るだろうか。そう問えば、答えは明らかである。私たち八ヶ岳西麓3町村は、完全に車社会だ。駅は新幹線・特急で東京や名古屋に出るための乗換点でしかなく、日常の動線ではない。日常はスーパー、コンビニ、職場、自宅を車で結ぶ線で動く。そこに駅前商業を乗せても、人は集まらない。
これは投資した方の判断が悪いという話ではない。たぶん、これまでの常識でいけば筋の通った投資判断なのだと思う。けれど、波が変わっている。同じ判断が、20年前なら正解で、いまは厳しい。それくらい、構造が静かに入れ替わっている。
東京の朝の電車に未来を感じなくなったことと、茅野駅の駅ビルが厳しいことは、根っこでつながっている。集約という仕組みそのものの上り坂が、すでに終わっているということだと思う。
国の政策にもちぐはぐが出ている
国はコンパクトシティ構想を続けている。人口減少の中で、行政サービスを駅周辺に集約して効率化する考え方だ。これは集約思想——陽の論理である。
その一方で、国は農地維持も求めている。担い手不足の畑を耕作放棄させない、農振地域は守る、農地転用は簡単に認めない。これは分散の維持——陰の論理である。
集約と分散は、本来は逆の方向を向いている。両方を同時に押すと、財政も人手も限界がある中で、どちらも中途半端になる。駅前に人を寄せる政策と、駅から遠い畑を維持する政策が、同じ国の中で並走している。これがちぐはぐの正体だと思う。
責めたい話ではない。国の中の人たちも、たぶん感じている。ただ、過去に決めた方向を急に転換できないだけだ。組織が大きいほど、舵を切るのには時間がかかる。
八ヶ岳西麓を浮上させる、3つの長い波
不動産と暮らしの土台を、長い時間軸で読んでみる。すると、いま動いているのは目先の流行ではなく、もっとゆっくりした波だとわかる。
コンドラチェフ50年波は、集約モデルの上昇後期がそろそろ終わるところに来ている。鉄道・大企業・都市集中という19世紀以来の構造が、減速して分散側に転じつつある。
ダリオ100年波は、基軸通貨の動揺局面に入った。物理的に集約された資産——タワーマンション、駅前ビル、大都市オフィス——は、通貨価値の変動と同じ方向に揺れやすい。逆に、自分の食と水と燃料を確保できる土地は、通貨が揺れても暮らしが続く。
気候200〜1000年波は、温暖化の中で標高帯の価値順位を入れ替えていく。かつて寒冷で農業に厳しかった八ヶ岳西麓の標高900〜1500m帯が、夏の涼しさと水の豊かさで再評価される。「駅から遠い土地」がむしろ浮上する。
3つの波がすべて、集約から分散への方向を指している。ひとつの波だけなら見間違いかもしれないが、3つが揃っているとなると、これは構造だと思う。
「SaaSの死」と呼ばれているもの
最近、テクノロジー業界で「SaaSの死」という言葉が聞かれるようになった。AIの能力が上がってくると、これまでSaaS(月額制のクラウドサービス)に頼っていた業務が、AIで直接できるようになる。だからSaaSという業態そのものが縮小していく、という話である。
この言葉の通常の使われ方は、提供側——SaaS企業の収益が低下するという文脈だ。確かに、AIが普及するほど、特定機能を月額で提供するSaaSの存在意義は薄くなる。
ただ、これを利用者側——つまり一般の企業の側——から見直すと、別の意味が浮かび上がる。SaaS依存を減らすことは、利用する企業にとっても大切ということだ。
SaaSは便利である。しかし、月額固定費がじわじわ積み上がる。3年で300万円、5年で500万円、10年で1000万円。データが外部のシステムに置かれ、解約すると引き出すのが面倒な構造になっている。長期契約に縛られ、機能の変更や値上げに付き合わされる。便利さの代償として、依存と固定費が重なっていく。
AIの能力が上がるということは、この依存を解く道具が手に入るということでもある。SaaSをすべてやめろという話ではない。本当に必要なものだけ残し、AIで代替できるものはAIに移していく。会社という単位での分散化と低依存化への道が、開きつつある。
「SaaSの死」は、提供側にとっては縮小の話でも、利用側にとっては解放の話になる。同じ現象が、立ち位置によって陽にも陰にも見える。これも陰陽の見方の一例だと思う。
そして率直に言えば、これは私自身の会社も例外ではない。我が社もこの波に合わせて変化しないといけないと、強く感じている。やるべきことは多いが、やるしかない。
リーマンショック後の波——大手不動産仲介会社で経験したこと
実は、似た波を20年近く前に経験している。
私は当時、大手不動産仲介会社(現・三井不動産リアルティ)に所属していた。リーマンショック後、業界全体で業績が厳しくなり、組織再編の波が来た。会社は内部管理機能を縮小し、店舗運営を担う仲介子会社(リハウス事業)と販売部門を統合する方向に動いた。重い管理機能を抱えていては、収益が落ちた局面を耐えられないという判断だったと思う。
その過程で、自分の働き方も変わった。
それまで土日休みだった営業職が、店舗運営と統合されたことで水曜休みに変わった。さらに色々あって、火曜と水曜の週休二日制になった。土日にお客様対応をして、平日に休む。これが業界の標準になっていった。
正直に書くと、それまで土日休みを謳歌していた身からすると、最初は休みが減った気がしてつらかった。週末に家族や友人と動きづらくなる。「休みの感覚」が変わるのは、想像以上に大きな変化だった。
土日休みでなくなった結果、業界に入ってくる人の層も変わった。それまで普通に応募してきていた女性も男性も、土日休みでないというだけで敬遠するようになった。代わりに「タフな人」——休みの曜日にこだわらない人、ハードな働き方を厭わない人——が入ってくるようになった。それが本当に「タフ」なのか、それとも他に選択肢がなかったのか、いまでもよくわからない。ただ、入ってくる人の質が変わったのは事実だ。
ただ、20年経ってみて、いまは違う角度からも見えている。誰かが土日にサービスを提供しないと、世の中は回らないということだ。土日休みを当たり前のものとして享受していた頃の自分は、その「誰か」が誰なのかを考えていなかった。不動産屋は土日に開いていてほしい、レストランは土日に営業していてほしい。それを誰かがやっている。そう気づいたのは、自分が土日に働く側に回ってからだった。
あの組織改正は、結果として「正解だった」のかもしれない
ここまでは、当時のつらさを書いた。ただ、20年経った今、数字で評価し直してみると、見え方が変わる。
最近、新聞報道で気になる数字を見て、あらためて当時の組織改正を考え直した。三井不動産リアルティは、近年、新卒採用を毎年230〜240名規模で続けているという。具体的に確認してみると、2023年度238名、2024年度237名、2025年度236名と、ここ数年は安定している。グループ全体の従業員数は約4,500名で、毎年その5%超に相当する新卒を入れている計算になる。
業績の方も堅調だ。1986年度から39年連続で全国売買仲介取扱件数No.1を維持している。直近では大卒総合職の初任給を月額27万5,000円から30万5,000円へ、3万円も引き上げている。会社としては明らかに伸ばしている。
つまりリーマンショック後にやった組織改正——内部管理を減らし、店舗営業に重心を移す動き——は、結果として20年後の現在、業界トップの会社を成長軌道に乗せたのではないか、ということだ。動かなかった会社の中には消えていったところもある中で、当時動いた会社は20年かけて足腰を強くしていった。
もちろん、当時その渦中にいた身としては、つらいことも多かった。土日休みがなくなり、業界に入る人の層が変わり、組織の風景も変わった。けれど、波の方向としては正しかった。重さを手放した会社が、その後の波に乗れた。
ここで自分にとって大事な気づきがある。当時の現場の自分には、長い目で見たときの正しさがわからなかったということだ。10年経って初めて、あれは波に乗る動きだったとわかる。波の中にいるときは、自分が乗っているのか流されているのかが見えにくい。
それでも、動かないよりはマシなのだ。動かないと、残れない。
今もその波が来ている、と感じている
リーマンショック後の波は「内部管理を軽くする波」だった。今回の波は「外部依存も軽くする波」である。
当時の波には限界もあった。当時はまだAIがなかったので、軽くするための道具がSaaSと外注だった。結果として、内部管理は減ったが、外部依存とSaaS固定費は増えた。形を変えて重さが残った、とも言える。
そして今、その「形を変えて残った重さ」を解く波が来ている。AIという新しい道具によって。
「ああ、また来たな」というのが、いまの正直な感覚だ。あのときと違うのは、今回はAIという道具が手元にあることと、自分が経営する側になっていることだ。前回の波の中で末端の社員として揉まれた経験があるからこそ、今回の波で何をすべきかが見えやすい。
企業がいま、この波に乗ろうとするなら、都市オフィスへの依存度・不要な事務処理・SaaSの棚卸し・高コスト構造そのもの、この4点を見直す必要があると思う。本社を都心から郊外に移して固定費を半減させた会社の話、長年の慣行で続いている書類仕事をAIに置き換えた話、もう使っていないSaaSの契約だけ残っていた話——すでに各所で動きが始まっている。リーマンショック後の波で動いた会社が20年かけて足腰を強くしていったように、今回の波でも10年・20年かけて差がついていく。
自社で進めている、脱SaaSという小さな転換
抽象論ではなく、いま自分で進めている例を書いておく。
この3週間、Claudeを本気で使い込んでみた。会社の業務をClaudeとGoogle Driveで管理することが、自社にとっては合理的だと判断した。
セールスフォースには、3年で300万円以上を入れてきた。きちんとしたシステムだし、合っている会社では強力に機能する。ただ、自社の業務にとっては機能の9割を使えていなかった。月額の固定費、機能の重さ、外部システムへの依存度。これらを縮小して、現場の実務とAIだけの軽い体制に近づけたほうが、判断スピードも自由度も上がる。
これはセールスフォースが悪いという話ではない。会社の規模と業務の質に対して、自社にとって重すぎたというだけの話だ。
不動産仲介会社のときに見てきた組織再編と、規模も影響も比べものにならない小さな話だ。けれど構造は同じだと思う。重いものを手放して、軽くなって、新しい道具(AI)の波に乗る。やってみると、月額が消え、判断のスピードが上がり、業務の見通しが透明になる感覚がある。
何より、波が来たときに乗りやすい体勢になる。固定費と長期契約に縛られていない会社のほうが、新しい道具・新しい市場・新しい働き方に切り替えるのが速い。20年前のあの組織再編が会社レベルで「重さを手放して軽くなる」だったとすれば、いま自社でやっているのは、その小さな個人版だと思っている。
八ヶ岳西麓で二地域居住を始めた方々の暮らし
茅野市・原村・富士見町という八ヶ岳西麓3町村で、不動産業を20年以上やってきた。最近、明らかに増えているのは、東京や名古屋に拠点を残しながら、こちらに二地域居住の足場を作る方だ。
ある方は、東京の本宅を縮小して八ヶ岳西麓に標高1100mの中古住宅を買い、農地100坪を付けた。週の半分はリモートで仕事、半分は畑と森の手入れ。冬は薪ストーブ、夏は窓を開ければ涼しい。固定費は東京一極居住時代より下がった。食費の一部は自分の畑から賄える。区にも加入し、隣家との関係もできた。
この方は、3つの波すべてに自然に乗っている。集約から分散へ、通貨依存から食と水の自給へ、低標高から標高1000m帯へ。本人は波動の話なんか考えていない。ただ、暮らしの感覚として「こちらのほうが落ち着く」と言っている。
そしてこの方は、東京の朝の電車にもう乗らなくなった。「朝の電車に押し込まれていた頃の自分が、もう想像できない」と話していた。
実感として、こういう方々の暮らしは、何かが起きても揺れにくい。コロナでも、円安でも、株価変動でも、暮らしの基盤は淡々と続く。これが分散側に軸足を寄せた人の強さだと思う。
冬と地縁の生活実務という、陰の土台
ただ、誤解されないように書いておきたい。分散側に動くというのは、夢のような田舎暮らしの話ではない。
標高1000mを超える土地では、冬になれば水道は凍結対策が要る。除雪は自分でやるか、近所と調整する。薪ストーブを焚くなら、夏のうちに薪を確保しておく。これらは外部サービスに丸投げできる作業ではない。地縁の中でやりくりする実務である。
陽の論理——金で解決する、外注する、システムに任せる——は、ここでは半分しか効かない。残り半分は、自分の体と、近隣との関係でこなすしかない。
これが陰の土台だ。AIや発信ツールは、この土台の上に道具として乗る。逆ではない。
逆に言えば、この土台を引き受ける覚悟がある方には、八ヶ岳西麓は応えてくれる。3つの波がすべて陽方向に揃った場所で、淡々と続く暮らしを組み立てられる。覚悟があれば、波は追い風になる。
移住・二地域居住の適切な時期は、いまから10年
では、いつ動けばいいのか。
長い波で見ると、いまは2025年から2035年あたりがちょうど節目にあたる。クズネッツ波15〜25年では団塊世代の相続ピークが2025〜2035に重なる。コンドラチェフ50年波では集約モデルの転換期。ダリオ100年波では通貨動揺の入り口。気候の長波では標高帯再評価の始まり。
つまり、これからの10年は、波の節目が複数重なる「動きやすい時期」にあたる。相続物件が市場に出てきて、価格が落ち着き、選べる物件が増える。判断材料も揃ってくる。会社の業務見直しでも、AIという新しい道具が一気に成熟して、軽量化の選択肢が広がっている。
時中という言葉がある。その時その場に合った行動を選ぶ、ということだ。早すぎる動きも、遅すぎる動きも、どちらも失敗の種になる。クズネッツ底のいまは「時」、八ヶ岳西麓は「場」だと思う。
逆に、いつまでに動かないと手遅れか。これは断言できる話ではないが、目安はある。クズネッツ波の相続ピークが過ぎる2035年以降、相続物件の流通量は落ち着き、本当に良い物件は市場から消えていく。気候の長波での標高帯再評価が広く認知されると、価格はゆっくり上がる。コンドラチェフ波の転換が表面化すると、誰の目にも分散が「明らかな正解」になり、出遅れた層が動き始める。
つまり、これから10年のうちに動ける人は静かに準備でき、その後に動く人は混んだ列に並ぶことになる。手遅れというより、動きの質が変わる。早く動いた人は選べる側、遅く動いた人は残ったものから選ぶ側になる。
これは脅しではない。実際、私が大手不動産仲介会社時代から見てきた20年の経験でも、波の節目で動いた人と、波が表面化してから動いた人では、得られる物件の質も、暮らしの整い方も、ずいぶん違っていた。
八ヶ岳ライフが扱っている物件——標高900〜1500m帯の畑付き宅地
八ヶ岳ライフでは、こうした分散側に軸足を寄せたい方の物件——標高900〜1500m帯の畑付き宅地、自家水源、薪確保可能な森の縁、区との地縁が整った中古住宅——を中心に扱っている。
価格・利回り・出口戦略を主軸にした投資物件は扱わない。代わりに、縄文構造の判定軸——分散・自給・低依存・地縁・可逆——で物件を見て、暮らしが破綻しにくい構造を提供することを軸にしている。
波に乗りたい方が、無理せず一歩を踏み出せる物件を選んでお届けする。それが事業の中核だ。
乗らないといけない、わけではない。けれど
ここまで「波に乗る」という言葉を使ってきたが、最後に角度を変えて書きたい。
集約から分散への転換は、必ずしも全員が八ヶ岳に移住しないといけないという話ではない。都市での暮らしを続けながら、二地域居住で分散側に片足を置く選択もある。会社の本社機能はそのままに、業務の一部をAIに移して軽くしていく選択もある。SaaS依存をすべて手放さなくても、棚卸しして必要なものだけ残す選択もある。
ただ、3つの長い波がすべて同じ方向を向いているとき、その方向に少しでも軸足を寄せておく判断は、波に逆らわない判断になる。逆に、すべて陽の方向——集約・依存・固定化——に寄せたままでいると、波が陰に転じたときに重さが残る。
東京の朝の電車に違和感を感じる人が増えてきている。それは個人の感覚の話ではなく、時代の波が変わっていることを、皆が体で感じ取っている表れだと思う。違和感は、構造が変わるサインだ。
私自身も、自分の会社をこの波に乗せていく作業の真っ最中だ。SaaSの棚卸し、業務の見直し、AIへの移行。やるべきことは多い。でも、やる。20年前、大手仲介会社の渦中で組織再編を経験し、当時はつらかったが結果として会社が伸びた20年を見てきた身としては、「動かないと残れない」という感覚は体に染みついている。
縄文の分散社会というのは、過去への回帰ではない。これからの50年、100年、1000年の波が指し示している方向そのものである。
過去ではなく未来。集約ではなく分散。固定ではなく可逆。重さではなく軽さ。
この方向に少しずつ軸足を寄せていく作業を、これから10年かけてやっていく。八ヶ岳西麓は、その作業をするのに条件が揃った場所のひとつだ。一緒に考えていけたらと思っている。


