スキーとスケートが「普通にできてほしい」と思ってしまう理由― 雪のある八ヶ岳の暮らしが、子どもとAI時代に残してくれるもの ―
- info991630
- 3 日前
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八ヶ岳で子育てをしていると、ふと自分でも説明できない感覚に気づくことがあります。
「長野県で育つなら、スキーとスケートは普通にできてほしいな」
できなくても、困るわけではありません。受験に有利になるわけでも、将来の仕事に直結するわけでもない。
それでも、なぜかそう思ってしまう。
この感覚を、ずっと不思議に感じていました。
スキーとスケートは“目的”ではなかった
週末にスキーに行き、別の日にはスケート教室があり、特別な練習をしたわけでもないのに、気づけば「普通に滑れる」ようになっている。
雪国では、こうしたことがよく起こります。
でも、よく考えると、スキーやスケートそのものが大事なのではありません。
上手である必要はない
競技を目指すわけでもない
続けなくても構わない
それでも「触れていてほしい」と思う。
その理由は、雪の中でしか育たない感覚にありました。
陰陽ターちゃん式で見ると、こうなります
陽(目に見えるもの)
スキーが滑れる
スケートができる
雪遊びを楽しむ
陰(静かに残るもの)
足裏と重心への敏感さ
転ぶ前提で動く身体感覚
地面や状況を読み取る癖
条件が悪い中で判断を変える力
スキーとスケートは、それ自体がゴールではなく、入口でした。
雪があると、身体が先に学び始める
雪道を歩くとき、子どもは無意識に身体を調整します。
今日は滑りそう
ここは慎重に
ここなら走れる
誰かが教えなくても、転び、濡れ、冷えながら、身体が覚えていきます。
これは環境が人を育てている状態です。
平らで均質な環境では、なかなか起こらない学びです。
雪国では「判断」が日常に混ざる
雪があるだけで、毎日の行動に小さな判断が増えます。
この靴で行けるか
早めに出た方がいいか
今日は無理しない方がいいか
この積み重ねが、無意識のリスク判断力になります。
大げさな教育ではなく、暮らしの中で自然に身につく力です。
冬は、進まないと知ること
雪国の冬は、どうしても進みません。
移動に時間がかかる
できない日がある
予定がずれる
子どもはそこで、時間はいつも同じ速さで流れるわけではないということを身体で知ります。
これは、大人になってから心を守ってくれる感覚でもあります。
雪は「一人では完結しない世界」をつくる
雪が降ると、
誰かが雪かきをしている
誰かが困っている
誰かの遅れが全体に影響する
そんな場面が当たり前になります。
その中で育つと、「自分だけうまくいけばいい」という発想が、少しずつ薄れていきます。
雪国の区(町内会)文化や助け合いの距離感は、こうした日常から生まれています。
雪が嫌いでも、大丈夫です
移住相談で、よく聞きます。
「うちの子、雪が苦手で…」
それで問題ありません。好きにさせる必要はありません。
ただ、雪に触れないまま冬を終えるのは、少しもったいない。
玄関先で少し踏む
雪かきを5分だけ手伝う
遊ばなくても外に出る
それだけで十分です。雪は、回数で慣れていきます。
応用編:スキーとスケートが教えてくれる、AI時代の感覚
もう一段、視点を広げてみます。
スキーやスケートには、自分ではコントロールできないものが必ずあります。
雪質
氷の状態
風
斜度
混雑
選べるのは、その状況をどう読むか、どう動くかだけです。
スキーは「抗わない技術」
スキーがうまくいく瞬間は、力を入れたときではありません。
斜面に逆らわなくなったとき
重力を使えるようになったとき
つまり、自分の力以外を利用して進む感覚です。
スケートは「摩擦を減らす技術」
スケートも同じです。
踏み込むほど進まない
力を抜いた方が滑る
ここで学ぶのは、頑張ることより、抵抗を減らすこと。
家庭・仕事・人間関係も、同じ構造
大人になると分かります。
家庭の状況はコントロールできない
仕事環境も選べないことが多い
相手の感情や価値観も変えられない
これはすべて、毎日雪質が変わる斜面と同じです。
必要なのは、
正面突破しない判断
今日は進まないと決める勇気
使える流れを使う感覚
AI時代、「自分の力」だけでは足りない
AI時代は、
情報
計算
速度
正確さ
これらは、人間よりAIの方が得意になります。
このとき、自分の努力だけで突破しようとする人ほど消耗します。
代わりに必要なのが、
状況を読む力
流れに乗る判断
使えるものを使う感覚
無理をしない撤退判断
これは、雪国の暮らしで自然に育つ力です。
「強くなる」より、「破綻しない」
スキーもスケートも、目指しているのは強さではありません。
転ばない
無理をしない
長く続けられる
つまり、破綻しない進み方です。
これは、「暮らしを土台に働く」という考え方とも重なります。
まとめ:説明できない期待の正体
「長野県で育つなら、スキーとスケートはできてほしい」
この期待の正体は、この土地で生きる身体感覚を持っていてほしいという、無言の願いです。
スキーやスケートは、その入口。雪のある暮らしは、10年後、20年後に静かに効いてくる力を育ててくれます。
八ヶ岳への移住は、家を変えることでも、景色を手に入れることでもありません。
環境の中で育つ感覚を、次の世代に手渡す選択なのだと思います。


