八ヶ岳西麓で畑と山林付きの土地が動いているのはなぜか——「作る部分」の値打ちが戻ってきた
- 8月6日
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更新日:8月11日
茅野市豊平で、田んぼが動いています。この1、2年で10件。20年以上この地域の土地を見てきて、はっきり異常な数字です。
買われる理由もそろっています。米を自分で作りたい。畑と田を両方やりたい。区に入るのは構わない。20代から40代の方が、最初からそう言って来られます。
同じころ、まったく別の場所で、30年続いた常識が崩れ始めています。産業の世界で「実際に作る工程は儲からない」とされてきた前提が、直近5年の数字で揺らいでいる。
なぜ「作る部分は儲からない」と言われてきたのですか?
1990年代以降、設計と販売が利益を取り、実際に作る工程は外に任せたほうが効率的だと考えられてきたからです。
産業を上流(企画・設計)、中流(製造)、下流(販売・サービス)の三つに分け、付加価値の高さを並べると、両端が高く真ん中が低いU字になります。笑った口の形に見えることから、スマイルカーブと呼ばれてきました。台湾のメーカー経営者が1990年代に唱えた見方で、日本の電機産業がパソコンやスマートフォンで競争力を落とした説明にも、長く使われてきたものです。
同じことが暮らしの側でも起きていました。食べ物は買う。水は蛇口をひねる。熱はスイッチを入れる。壊れたら業者を呼ぶ。作る部分を手元から外に出すほど身軽になり、そのぶんの時間を仕事に使える。30年、それがいちばん効率のいい形でした。
その常識は、いまどう変わっていますか?
直近5年の集計では、真ん中にあたる製造の付加価値の伸びが両端に追いつき、U字の谷が浅くなっています。
2026年8月6日の日本経済新聞のコラムが、この変化を正面から扱っていました。国立情報学研究所と東京大学の研究者による分析資料をもとに、5年間の付加価値の年平均成長率を上流・中流・下流で並べ、2020年ごろまでのはっきりしたU字が、2025年にかけて浅くなっていることを示しています。
なぜ谷が埋まったのか。真ん中が急に賢くなったからではありません。作る部分を全部外に出した側が、供給が止まったときに何もできなかったからです。値段が上がって困ったのではなく、数量が来なくて困った。ここ数年、建築の資材でも同じことが起きました。
そのうえでコラムは、産業はもう「自社で全部やる」か「分けて外に任せる」かの二択ではなくなる、と書いています。要のところは自分で持ち、道具は他社が開いた仕組みに乗る。いま強い会社は、その形になっている。
同じことが、暮らしの側でも起きているのですか?
起きています。稼ぐ手段は通信でどこにでも置ける一方で、食・水・熱という作る部分を自分の手元に戻す選び方が広がっています。
これは自給自足の話ではありません。畑を全部やって、水も熱もすべて自分で、という暮らしは現実的ではないし、私がそれを勧めたこともありません。
向かっているのは、同じ必要に経路を二本持つ形です。暖房は薪と灯油。水は井戸と本管。食べるものは畑と店。どちらか一本でも回る状態にしておく。
ここは、いま住んでいる場所との違いがはっきり出るところです。都心や広域郊外で同じことをしようとしても、置く場所がありません。畑も、薪を積む場所も、井戸を掘る敷地もない。都市が劣っているという話ではなく、経路を二本持つ余地が構造として用意されていない、という違いです。同じ不安を感じても、都市の側では備えが保険や貯金の形にしかなりません。
楽になるわけではありません。読めるようになるだけです。便利さと引き換えに、読めなさを減らす。この交換に納得できるかどうかで、向き不向きははっきり分かれます。
なぜ八ヶ岳西麓で、畑と山林の付いた土地が動いているのですか?
宅地だけでは作る部分を持てず、畑と山林と水がそろって初めて経路が二本になるからです。
標高900mから1500mの帯。長く夏の涼しさで選ばれてきた土地ですが、いま問い合わせの中身が変わっています。涼しさそのものより、その涼しさの中で何ができるかを聞かれる。
不動産鑑定士として値付けをしていると、宅地だけを見て終われない土地が増えました。区、畑、山林の三つを一体で見ます。区が機能していれば、除雪も道普請も水路の管理も、一人で背負わずに済む。畑があれば食べるものの一本目が立つ。山林があれば熱の一本目が立つ。この三つがそろった集落が、八ヶ岳西麓にはまだ残っています。
朝倉所見|値付けの現場から
いま値付けがいちばん難しいのは、全面改修を前提にした空き家です。断熱材、防水シート、配管、浄化槽と、再生に使う資材の多くが石油の下流にあり、見積りの有効期限が以前より短くなっています。同じ築年でも、構造と基礎が生きているか、断熱がすでに入っているかで分かれる。築年数から機械的に減価させる計算と、現場の引き合いが、はっきりずれ始めました。
逆に、宅地に畑が付き、背後に山林があると、問い合わせの数ではなく質が変わります。「この畑は何が作れますか」「薪は自分で出せますか」と、使う側の質問が最初に来る。5年前、田んぼ単独で値段をつけるのは難しい仕事でした。買う人の顔が見えなかったからです。
土地を選ぶとき、何を見ればいいですか?
「作る部分を自分で回せるか」を、現地で一つずつ確かめます。
私が現地で最初に見るのは、図面に出ないものです。斜面がどちらを向いているか。春先に雪がどこまで残るか。軽トラで進入路に入れて、切り返せるか。水がどこへ抜けているか。この四つは、書類をいくら読んでも出てきません。同じ面積、同じ価格でも、ここで暮らしの手間が何倍も変わります。
畑:日当たり、水の取り方、軽トラで入れるか。面積より、続けられる形かどうか
山林:薪として回せる木か、道が付いているか、境界がはっきりしているか
水:井戸か本管か。井戸なら水量と水質、ポンプの維持
排水:浄化槽の型式と保守の手間
区:入るかどうかではなく、いま機能しているかどうか
冬:凍結対策、水抜きの手順、除雪の分担
建物:新しさより、直せるかどうか
固定費は下がるというより、振り替わります。駐車場代や管理費や外食が減る一方で、軽トラ、チェーンソー、除雪、薪ストーブの導入が乗る。ここは正直に見ておいたほうがいい。
それから、全部やる必要はありません。薪だけ、畑だけでも経路は一本増えます。区の役も、いまはどこも簡素化が進み、一人で全部を引き受ける形ではなくなりました。みんなで薄く分け合う。移住されてきた方が最初に引き受けるのは、たいてい小さな一役です。
結局、何が変わったのですか?
「安いから」で選ばれていた土地が、「読めるから」で選ばれるようになりました。
産業の側で谷が埋まりつつあることと、豊平で田んぼが動いていることは、私の中では同じ一つの話です。作る部分をすべて外に出した身軽さが、外からの供給が止まった瞬間に弱さに変わった。だから要のところだけは、自分の手元に戻しておく。会社がやっていることと、家族がやっていることが、いま同じ方向を向いています。
判断の軸を作り替える必要はありません。冬をどう越すか、区とどう付き合うか、いま住んでいる場所と比べてどうか。見る項目は昔から同じで、重みが変わっただけです。
八ヶ岳西麓(茅野市・原村・富士見町)で畑や山林の付いた土地をお探しの方、いまお持ちの土地に値段がつくか知りたい方は、遠慮なくご相談ください。現地を見て、三つの層で読んだうえでお答えします。店は開けてあります。
出典
日本経済新聞 2026年8月6日付 オピニオン面 Deep Insight「スマイルカーブが消える日」(本社コメンテーター 中山淳史)。付加価値の成長率の図は、国立情報学研究所の中島震名誉教授と東京大学の小川紘一エグゼクティブアドバイザーによる分析資料に基づくものとして掲載されています
茅野市豊平の取引件数は、当社が現地で把握している範囲の実数(2026年時点)
この記事の次に読むなら
「作る部分」の話を、もう一段大きい流れで見た記事です。80年の集約がどう賞味期限を迎えたかを書いています。
冒頭の田んぼ10件を、200年の物差しで見た回です。数字の背景がつながります。
畑と山林の付いた土地を実際にどう読むか。整いの宅地と余白の森という二つの見方から入ります。




