田んぼ付きの土地の水は、誰が分けている?——江戸の堰がいまも当番表で動く八ヶ岳西麓

横谷峡の乙女滝は、川の本流にかかる滝ではありません。江戸時代に掘られた農業用水路「大河原堰(おおかわらせぎ)」が、渋川の谷を越えるために崖を落ちている場所です。
その上流、滝ノ湯川の取水口は、木と枝葉と石で組まれていて、隙間から水が漏れます。川の水を全部は取れない作りです。
田んぼや畑のついた土地を選ぶとき、この「全部は取らない」考え方が、いまも水の扱い方の土台になっています。
田んぼ付きの土地を買うと、水利権もついてきますか?
多くの場合、ついてきません。田の水利は、堰や水路を管理する土地改良区などのまとまりで扱われていて、買う人はその受益者の一人に加わります。
八ヶ岳西麓の田の水は、江戸時代に掘られた堰や沢から引かれ、土地改良区・水利組合・区(自治会)が分けて使っています。その分け方を支えているのが、水利費(賦課金)と、水路の共同作業です。登記簿を見ても、水の分け方は書かれていません。売買の書類だけでは分からないので、現地と管理しているところで確かめることになります。水は土地の持ち物というより、分け合って使い続けるものです。
坂本養川の堰は、なぜ水を全部は取らないのですか?
下流の村にも水を残すためです。分けることが、最初から設計に入っていました。
八ヶ岳西麓の川は、北の蓼科山側ほど水が多く、南へ行くほど乏しくなります。田沢村(いまの茅野市宮川)の名主だった坂本養川は、川と川を水路でつなぎ、北の余った水を南へ順に送る「繰越堰」を考えました。1785年の滝之湯堰を皮切りに15年で15の堰が掘られ、滝之湯堰と大河原堰は2016年、長野県で初めて世界かんがい施設遺産に登録されています。
取水口の形は「芝湛(しばたたえ)」と呼ばれます。木・枝葉・石で小さな堤を築くため、水の一部は下流へ抜けていく。同じ川から取る上流と下流の堰には水争いの歴史もありましたが、いまは共存しています。
水を取り切らないことは、一緒に堰を守る相手を残すことでもあった、と読めます。

その分け方は、いまも動いていますか?
動いています。堰は土地改良区などが管理し、農業のほか防火や生活・環境の水としても使われています。
取水口は開削当時とほぼ同じ構造のまま、使う人たちの手で直されています。集落の側でも、当社が扱った茅野市玉川の土地では、区の入区案内に河川清掃・道普請・除雪の当番が並んでいました。江戸の分け方は、史跡としてではなく当番表として残っています。
雪が解けて田に水を入れる前には、冬のあいだにたまった落ち葉や土砂を水路から上げます。住まいの井戸や屋外の配管は冬に凍るため、秋の水抜きは各家の仕事です。
買う前に、水の何を確かめればいいですか?
水の出どころ、管理しているところ、自分の分担、この先の使い方の四つです。
出どころ|どの堰・沢から来ているか。住まいの水は井戸か本管か
管理|土地改良区・水利組合・区のどこが分け、当番がどう回っているか
分担|水利費(土地改良区の賦課金)の有無と、共同作業の回数
この先|田を宅地に変える場合、土地改良区の地区内なら意見書などの手続きが加わり、地区によっては決済金がかかる
不動産鑑定士として土地を査定するとき、水は「ある/ない」では見ません。同じ面積の田でも、水がどこから来て、その分け方が今も動いているかで、暮らしが回るかは変わります。 当社は農地転用や水利の調整を自社で進めるため、この確認を買い取る前に入れています。
水路掃除には、移住してきた人も出るのですか?
出ます。全部を背負う必要はなく、当番の一つを薄く引き受ければ回ります。
取水口の枝葉を積み直す人がいなくなれば、下流の田から水が消えます。水路掃除に出るのは、地域への奉仕というより、自分の田の水を自分で守ることです。
都市は大きな水源に水を集めて配管で届け、ここは山から分かれる水をいくつもの筋で回す。どちらが上という話ではなく、手間と引き換えに、止まりにくさを手元に置く暮らし方の違いです。五千年前の集落が住む場所と採りに行く場所を分けていたのと、根は同じです。
水も手入れも自分の敷地だけで完結させたい方には、この地域の田つきの土地は合わないかもしれません。
まとめ|水は、土地と一緒に買うものではない
田んぼ付きの土地を買うことは、二百年以上続く分け方の輪に、一人加わることです。水利権がついてくるかどうかではなく、その輪がいまも動いているかどうか。土地を見るときは、面積と値段の前に、水の出どころと、それを誰が分けているかを見てください。









