お金を払えば、直してもらえるのか——マンション修繕談合のニュースが映す、暮らしの維持の構造変化
- 6月12日
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2026年6月、公正取引委員会がマンション大規模修繕工事の談合を認定し、施工会社30社超に排除措置命令を出す方針だと報じられました。対象工事は100件以上、課徴金は合計で約16億円にのぼる見通しです。
このニュース、多くの人は「修繕費が不当に高くされていた。談合がなくなれば適正価格に戻る」と読んだと思います。
私の読みは少し違います。問うべきは「修繕費はいくらか」ではなく、もっと手前にある問い——「お金を払えば、そもそも直してもらえるのか」——だと考えています。
マンション修繕談合は、何を映しているのか?
価格の問題に見えて、その奥にあるのは担い手の問題です。
経済調査会の指数によれば、マンション修繕費は2013年を100として2025年に161まで上がり、1戸あたりの平均は約150万円。一方、国土交通省の調査では管理組合の3分の1超で修繕積立金が当初計画を下回っています。集めているお金が、実際にかかる費用と合っていない——この時点ですでに、仕組みの前提が崩れ始めています。
今回の報道で目を引くのは、業者側の事情です。積立金の額は管理組合側で決まっているため、業者は建材高や職人の人件費上昇を価格に転嫁しにくい。正面から競争すれば、不採算の工事を抱え込むことになる。受注調整には、儲けのためというより「業界として回し続けるため」の側面があったように読めます。そして、本来は価格を点検する立場の設計コンサルタントまでが談合に関与したと認定されました。
談合は許される行為ではありません。ただ、談合という膜を剥がした後に見えてくるのは、適正価格ではなく「この原価と人手では、もう回らない」という実態かもしれない——私はそう見ています。
お金を払っても修繕してもらえない時代は来るのか?
一部では、すでに静かに始まりつつあると私は考えています。
排除命令で談合は止まりますが、職人の不足は止まりません。採算の合わない工事から、業者は静かに退いていきます。そうなると何が起きるか。お金を積んでも業者が見つからない。見つかっても順番待ちが何年も先。その間に劣化は進み、修繕は先送りされ、やがて放置に変わる。放置されたマンションの資産価値は、静かに下がっていきます。
足りないのは施工の職人だけではありません。日々の管理をする管理員のなり手も減っています。集めているお金(積立金)が実費と合っていないうえに、そもそも直す人も、管理する人も、足りなくなっていく。「払えば誰かがやってくれる」という前提そのものが、揺らぎ始めているのです。
これは、マンションだけの話なのか?
いいえ。暮らしの維持を外部に預けているすべての領域に、共通する構造です。
マンション修繕は一例にすぎません。家の屋根を直す大工、水道を直す設備屋、道路を直す建設業——担い手の高齢化と不足は、住まいの維持全般に広がっています。そして食料も同じ線上にあります。農家の平均年齢は上がり続け、耕作されない田畑が増えている。「お金を出せばスーパーに並んでいる」のは、作る人がいる間だけの話です。
都市の暮らしは、維持のほぼすべてを「お金で買う」形でできています。それは長いあいだ、もっとも合理的な形でした。ただその合理性は、「売ってくれる人が十分にいる」という前提の上に成り立っています。前提が細っていくとき、最初に現れるのは値上がりで、その次に現れるのが「お金を払っても、買えない・やってもらえない」という事態です。マンション修繕談合のニュースは、その入口を映した一枚だと私は読んでいます。
八ヶ岳西麓の暮らしは、何が違うのか?
維持の一部を、お金ではなく自分の手と地縁で握っている点です。
誤解のないように先に書きます。マンションには駅近の利便、雪かき不要の気楽さ、戸締まり一つで出かけられる身軽さという、はっきりした利点があります。どちらが上という話ではなく、暮らしの維持の「構造」が違うという話です。
修繕・手入れ——維持を外部に預ける暮らしは業者のみ(いなければ止まる)。八ヶ岳西麓の戸建てでは、自分の手+地縁+業者を組み合わせられる
食料——購入のみか、購入+畑の自給分か
費用——減らせない固定費か、状況に応じて伸び縮みする費用か
担い手が減ったとき——待つ・諦めるしかないか、自分でやれる範囲が残るか
八ヶ岳西麓の暮らしでは、冬が来る前の水抜き、薪づくり、庭木の手入れ、雪かきといった維持の作業が、暮らしの中に組み込まれています。畑があれば、食卓の一部は自分の手から来ます。家のまわりだけではありません。道や水路は区の共同作業として、地域のみんなで薄く分け合って維持します。ちょうどいまの時期なら、梅雨を前にした水路まわりの手入れや、伸び始めた草の刈り払い。朝のうちに草刈り機の音があちこちから聞こえてくる季節です。
一人が全部背負う必要はありません。一役だけ薄く引き受ける。その代わり、自分の暮らしのインフラが誰の手でどう維持されているかを、自分の目で知っている状態が手に入ります。
この暮らしの価値は、「業者代の節約」ではありません。担い手が細っていく時代に、お金で買えなくなっても回り続ける部分を、暮らしの中に持っていることです。
現場では、すでに選ばれ始めている
この1〜2年、20〜40代の移住相談で「畑があること」「区に入ること」を最初から希望条件に挙げる方が目に見えて増えました。鑑定士として20年以上この地域を見てきましたが、以前にはなかった動きです。茅野市豊平では、長く動かなかった田んぼがこの1〜2年で10件動きました。
私自身、原村の御柱の集落で育ちました。道を直すのも、水路を守るのも、誰かに頼んだ請求書ではなく、役割として動く大人たちの姿として、子どもの頃の日常の風景の中にありました。維持を自分の手に置く暮らしは、私にとって理屈ではなく、育った場所の記憶そのものです。
マンション修繕のニュースと、八ヶ岳で田んぼが動く現場。一見つながりのない二つの出来事は、同じ問いの裏表です。
暮らしの維持を、誰に預けるか。お金に預けるか、自分の手と地縁に預けるか。
外部に預ける暮らしには身軽さがあり、自分の手元に置く暮らしには手間と引き換えの確かさがある。どちらを選ぶかはその人の設計次第です。ただ、後者を選べる土地——畑と山林と機能する区がそろった土地——は、どこにでもあるわけではありません。八ヶ岳西麓は、その数少ない選択肢の一つです。
出典・参考:日本経済新聞 2026年6月12日朝刊「マンション修繕談合30社超 公取委が排除命令へ」/経済調査会「マンション修繕費指数」/国土交通省 マンション総合調査




