回り道は、暮らしの選び直しに効く——一年の浪人と、いくつもの「やめる」を経て八ヶ岳西麓に戻るまで
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十八歳の春、私は志望した大学にことごとく落ちました。地元・諏訪の高校を出て、東京・西荻窪の予備校で一年を過ごすことになります。同級生が大学生になっていく中で、自分だけが足踏みしている。あのころの、世界から一歩遅れているような感覚は、今でもはっきり思い出せます。
正直に言えば、浪人は恥ずかしいことでした。けれど不思議なことに、あの一年は楽しい一年でもありました。今日はその話から始めて、回り道という生き方が、移住や田舎暮らしの選び方にどうつながるのかを書いてみます。
結論を先に言えば、こうです。回り道をした人間だからこそ言えることがある。まっすぐ最短距離で進む必要はない。一度立ち止まり、時には選んだものを手放してでも、自分の足で選び直したものの方が、長く続く。八ヶ岳西麓で十数年、土地と人を見てきて、私はそう考えるようになりました。
なぜ「回り道」は移住の役に立つのか?
急いで決めた移住より、一度立ち止まって選び直した移住の方が、長続きします。 暮らしの土台を選ぶ決断は、勢いではなく納得で進めた方が、後から揺り戻しが来にくいからです。
私自身が、回り道の連続でした。浪人だけではありません。このあと書いていきますが、せっかく入れた会社を辞め、せっかく取った資格でしかできない仕事も手放してきました。そのたびに「もったいない」と言われました。でも、手放すたびに見えてくるものがあった。回り道で気づくことは、本当に多いのです。
移住の相談に来られる方にも、似た構造をよく見ます。都会で働き続けて、ある日ふと「このままでいいのか」と立ち止まる。その立ち止まりは、キャリアの「遅れ」や「もったいない」のように感じられるかもしれません。でも、暮らしを選び直すという意味では、それは遅れではなく、必要な時間なのだと思います。
恥ずかしいけれど、楽しかった一年
予備校での一年を、私は中学生の英語や国語からやり直すところから始めました。十八歳にもなって、中学レベルの文法に戻る。これは確かに、格好のいいものではありません。
ところが、やってみると、これが楽しかった。分からなかったことが分かるようになる手応え、積み上がっていく感覚。現役のときは受験に追われて気づけなかった「学ぶこと自体のおもしろさ」を、一年遅れて初めて味わいました。流されるまま現役で大学に入っていたら、たぶん味わえなかった感覚です。
立ち止まったからこそ、進む方向を自分で選べた。浪人という回り道がなければ、私はおそらく「なんとなく入れる大学」に「なんとなく」進んでいたと思います。一年の足踏みが、自分の頭で進路を考える時間をくれた。恥ずかしさと楽しさが同居する、奇妙だけれど大切な一年でした。
移住も、これとよく似ています。「いまの暮らしのままでいいのか」と一度立ち止まることは、傍から見れば足踏みかもしれない。でも、その足踏みの中でこそ、自分が本当に求めている暮らしの形が見えてきます。
二度落ちて、それでも掴んだもの
浪人を経て進んだ大学で、私は不動産鑑定士を目指しました。これも、すんなりとはいきませんでした。大学三年生で一度受験して、落ちています。一発では通らなかった。二度目の受験で、ようやく在学中に合格しました。
落ちた経験は、もちろん悔しいものです。けれど、一度落ちたからこそ、二度目に向けて自分の弱点と本気で向き合えた。最初から受かっていたら、たぶんその資格を「たまたま取れたもの」として軽く扱っていたかもしれません。二度受けて掴んだから、その後の人生で、この資格を芯として持ち続けられた。
ここでも、回り道です。一度の失敗、二度目の挑戦。遠回りに見える道のりが、結果として一番確かなものを残してくれる。
そしてもう一つ、正直に書いておきます。私は大学時代、就職活動をしませんでした。ゼミにも入りませんでした。資格の勉強に集中していたから、というのが理由ですが、周りが当たり前にやっていることを、私はやらなかった。これも、世間の標準ルートから外れた回り道です。
せっかく入れた会社を、辞める
資格を持って、私は社会に出ました。最初に入ったのは、みずほ系列のマンションを手がける会社です。土地を仕入れ、分譲マンションを企画する仕事。大きなプロジェクトに関わる、やりがいのある仕事でした。
そのあと、三井のリハウスで不動産鑑定の実務に就きました。全国の不動産を評価する仕事、不動産証券化に関わる評価。土地や建物が、数字と権利の対象として動いていく世界です。緻密で、合理的で、巨大な仕組み。続いて田園調布で、不動産の売買仲介も経験しました。
どれも、せっかく入れた会社で、せっかく就けた仕事です。けれど、私はそのキャリアを途中で手放して、独立し、生まれ育った八ヶ岳西麓に戻ることを選びました。
「もったいない」と、何度も言われました。大手の安定したキャリアを捨てるのか、と。でも、都市の不動産の世界をひととおり見たあとで、私は逆のものに惹かれていったのです。数字には出てこない土地の価値。日当たり、風の通り、森と水の関係、その集落に人がどれだけ暮らしているか。評価書の金額には載らないけれど、実際にそこで暮らす人にとっては決定的な差。
広い世界を見たから、狭いものの価値が分かった。これも一種の回り道です。最初から八ヶ岳西麓だけを見ていたら、ここの土地が持つ意味に、これほど確信は持てなかったと思います。会社を辞めるという回り道を経て、私は「自分が本当にやりたい仕事」にたどり着きました。
せっかく取った資格でしかできない仕事も、手放す
独立してからしばらく、私は不動産鑑定を主軸にしていました。地価公示・地価調査・相続税路線価・固定資産評価——諏訪地域を中心に、こうした公的な評価の仕事を担っていました。
中でも地価公示は、不動産鑑定士という資格を持つ者にしかできない、いわば資格の象徴のような仕事です。普通なら、手放そうとは思わないでしょう。せっかく取った資格でしか担えない仕事なのですから。
けれど私は、その地価公示の担当も、あるところで手放しました。鑑定中心の働き方から、自分で土地を買い取り、整えて、暮らせる土地としてお渡しする働き方へと、事業の重心を移すためです。
ここでも「もったいない」という声が聞こえてきそうです。資格でしかできない仕事を、なぜわざわざ。でも、回り道を重ねてきた私には、迷いはありませんでした。評価という仕事で土地の数字を見続けた経験があるからこそ、いまは数字に出ない部分を含めて、土地そのものを動かす仕事に賭けられる。
手放すことは、損ではありません。手放したからこそ、次に進める。私の人生は、いくつもの「やめる」と「手放す」でできています。そして、そのたびに新しい景色が見えてきました。
だからこそ、この道、この移住、この田舎暮らし
ここまで書いてきたことを、土地と暮らしの話につなげます。
浪人し、二度受験し、就活もゼミもやらず、入った会社を辞め、資格でしかできない仕事も手放す。傍から見れば、回り道だらけの歩みです。でも、その回り道のすべてが、いまの「この道」につながっています。八ヶ岳西麓で、土地を買い取り、整え、暮らしたい人へお渡しする——この仕事に、私はようやくたどり着いた。
そして、これは私だけの話ではありません。移住を考える方の多くが、回り道の途中にいます。地方から都市へ出て、都市で消耗し、暮らしを選び直して地方へ向かう。私は土地を「離れて、戻った」側の人間として、その気持ちの動きが、頭ではなく実感として分かります。
だからこそ、移住相談で私は「都会はやめて田舎に来た方がいい」とは決して言いません。都市には都市の良さがある。私自身、都市で働いた時間があったから、いま八ヶ岳西麓の良さが分かる。両方を知っているから、どちらかを下に見ることはできないのです。
都市と田舎は、優劣ではありません。暮らしを支えるインフラとの距離が違うだけです。都市は、水も食べ物もエネルギーも、誰かが整えてくれた仕組みの上に乗っている。便利だけれど、その仕組みから遠い。八ヶ岳西麓のような土地は、水は井戸、暖は薪、食べ物は畑——暮らしの基盤が自分の手元に近い。手間はかかるけれど、自分で握れる。どちらが上ということではなく、距離の構造が違うのです。
八ヶ岳西麓はなぜ、いま選ばれ直しているのか?
かつて「寒くて住みにくい」とされた標高900〜1500メートル帯が、いま暮らしの場所として静かに選ばれ直しています。 気候・建物・集落という三つの条件が、同時にこの土地に追い風として働いているからです。
一つは、気候の変化。かつては敬遠された標高帯の涼しさが、夏の過ごしやすさという価値に変わりつつあります。二つめは、建物の性能向上。高断熱・高気密の家が当たり前になり、寒冷地で冬を越すハードルが下がりました。三つめは、集落の中の物件が、改めて選ばれ始めていること。
特に三つめが、回り道の話と重なります。一度都市の便利さを味わった人が、「便利すぎる暮らし」から「自分で握れる暮らし」へと選び直すとき、集落の中にある物件——区があり、畑があり、近所に人が暮らしている場所——が選ばれるようになってきた。コロナ以降、二十代から四十代の移住相談で、「区に入るのは構わない」「畑がほしい」「米を自分で作りたい」という声が、最初から条件として出てくるようになりました。
これは「不便を我慢する」話ではありません。暮らしの主導権を自分の手元に置きたい、という選び直しです。派手な準備ではなく、日々の暮らしの中に組み込まれた、静かな自前化。回り道をしてここにたどり着く人が、増えています。
数字に出ない価値を、自分で買い取って整える
私たちの仕事のやり方も、この考え方から来ています。
八ヶ岳ライフでは、土地を仲介するだけでなく、自分たちで買い取り、整えてからお渡ししています。なぜ手間もリスクもかかる自社買取をするのか。それは、数字に出ない土地の価値は、現地で手を入れて初めて暮らせる形になるからです。農地転用、境界の確定、水利の調整、伐採の届出——書類上は「土地」でも、実際に暮らせる状態にするには、こうした調整が要ります。
仲介だけなら、土地を右から左へ動かすだけで済みます。でも私は、評価という回り道を経て「数字に出ない部分こそ大事だ」と気づいた人間です。だから、その部分に自分で手を入れられる自社買取という形を選びました。これもまた、楽な最短距離ではなく、回り道の側の選択です。
戻る前に、知っておいてほしい現実
ただし、回り道の先を美しい話だけで終わらせるつもりはありません。八ヶ岳西麓で暮らすには、知っておくべき現実があります。
冬は、寒い。標高帯によっては氷点下二桁になる日もあり、水道の凍結対策、不在時の水抜き、雪かきは避けて通れません。これらは一人で抱え込むものではなく、近所と連携してこなしていく性質のものです。だからこそ、区に入ること、地域とのつき合いが、暮らしの実務として効いてきます。
「みんなで薄く役を分け合う」——これが、この地域で長く暮らすコツだと私は思っています。移住者が「全部を一人で背負える人」になる必要はありません。一つの役を、薄く引き受ければいい。区の行事に顔を出し、自分のできる範囲で手を動かす。それだけで、冬の凍結も、除雪も、いざというときの安全網も、地域全体で支え合える仕組みの中に入れます。
回り道をして選んだ暮らしだからこそ、この現実も含めて、納得して選んでほしい。良いことだけを並べて移住を急かすのは、私のやり方ではありません。
担当・朝倉のコメント
浪人も、二度の受験も、会社を辞めたことも、地価公示を手放したことも、その時々では「もったいない」と言われました。でも振り返ると、回り道のたびに自分で何かを選び直してきたから、いまの仕事にたどり着けたと思っています。回り道は、遅れではなく、自分で選び直すための時間です。移住の相談に来られる方には、急がないでくださいと、いつもお伝えしています。土地は逃げません。一度立ち止まって、冬の暮らしも地縁のことも全部分かった上で選んだ暮らしの方が、長く続きます。私は鑑定士として土地の数字を見てきましたが、最後に効くのは数字に出ない部分です。それを現地で一緒に確かめながら、あなたの選び直しに付き合えたらと思っています。
回り道は、進路選びでも、仕事選びでも、土地選びでも、決して無駄になりません。一度立ち止まり、時には選んだものを手放してでも、自分の足で選び直したものは、長く続く。
八ヶ岳西麓で、暮らしを選び直したいと考えている方へ。急がず、現地を見て、冬も地縁も含めて納得してから決めていただけたらと思います。販売中の物件もご覧いただけます。土地のことで気になることがあれば、いつでもご相談ください。あなたの回り道の、その先を一緒に考えていけたらと思います。




