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犬が元気になる森——原村の深山で土地が持つ力を読む

  • 5月17日
  • 読了時間: 8分

水が湧き、石がごつごつし、ずっといたくなる場所の話

原村の深山で、ある瞬間に空気が変わる

原村の東部、ズームラインを上がってメルヘン街道に向かう森の中に深山(みやま)という地区がある。標高1,200mを超えるあたり、別荘地と農地と山林が混じり合う場所だ。

物件案内のとき、私はお客さんに「ちょっと車を停めましょう」と言うことがある。

森に入って数百メートル歩く。落葉松と楢の混じった、人の手が入ったり入らなかったりする森だ。歩いていると、ある場所でふっと空気が変わる。湿度が上がり、足元がしっとりして、苔が増えてくる。少し進むと、地面のあちこちから水が湧き出しているのが見える。

「ここ、地下水が浅いんですよ」と説明する。

掘らなくても水が出る場所、というのは八ヶ岳西麓では珍しくない。だが深山の水の出方は独特だ。湧き出した水がすぐに小さな流れになって、森の中を縫って動いていく。立ち止まっている水ではなく、動いている水だ。

そして足元には、大きな石がごつごつ転がっている。人の頭ほどの石、座れるくらいの石、車一台分ほどの石。これは火山由来の安山岩で、八ヶ岳の山体崩落のときに流れてきたものだ。1,500万年前のフォッサマグナの火山活動と、25万年前以降の八ヶ岳の崩落が、ここに石を運んできた。

そして、しばらく立っていると気づく。町では見かけない鳥が鳴いている

名前は分からないが、明らかに都会で聞く声ではない鳥が、森の奥のあちこちで鳴き交わしている。じっと耳をすませていると、それを観察しながらずっとここにいたいという感覚が湧いてくる。私自身が物件案内の途中なのに、つい時間を忘れる。お客さんも、たいてい同じ顔をしている。

木の根の張り方で、土地が読める

鑑定士として土地を見て20年以上になるが、深山の森を歩いていて気づくことがある。

木の根が、下まで張っていない

石がごつごつしていて、その下の地下水が浅いから、木の根が深く伸びていけない。根は地表近くを、横に広がっている。地面に大きく露出した根の張り方を見れば、そこの地質がだいたい読める。

これは、土が厚く堆積している森とは違う風景だ。たとえば茅野市の北山あたりの集落の裏山などは、長い時間をかけて土が積もり、木は根を下に下に伸ばす。安定した森の風景だ。

だが深山の森は違う。石と水と苔と、横に張った根。地面より上にあるものより、地面のすぐ下にあるものの存在感のほうが強い。それが、立っていて感じる「何かが違う」感覚の正体の一つだ。

火山が崩れて、土砂が広がって、その上に長くもない時間で森が育った——その地質のリアルが、木の根として可視化されている。鑑定士の仕事は、こういう現場で読み取れるサインを集めて積み上げていくことでもある。

「水の流れがとどまっていない、運気がよい」と即決した方

深山に物件を見に来たある方は、森に立ってこう言った。

「水の流れがとどまっていない。だから運気がよい」

風水的な判断だ。私は鑑定士なので、本業では数字と法令と取引事例で評価する。だがその方の判断を聞いたとき、理屈ではなく身体で選んでいるということがよく分かった。そして、その方の判断は私から見ても正しいと思えた。

水が動いているということは、上流に水を生む地形があり、地形が機能しているということだからだ。止まった水は澱む。動いている水は澱まない。これは縄文時代から、人が集落を選ぶときに使ってきた基準だ。富士見町の井戸尻遺跡、原村の阿久遺跡、茅野市の尖石遺跡——いずれも湧水のすぐそばに作られている。動いている水のそばを、五千年前の人たちも選んでいた。

その方は「運気」という言葉で説明しただけで、やっていることは縄文人と同じだ。

犬が、変わる

その方の話には、続きがあった。

引っ越してきてしばらく経った頃、お会いしたら、こう仰った。

「犬が、毎日散歩で元気になるんですよ」

東京で暮らしていた頃は、それなりに歳をとった犬だった。それが原村の深山の森を散歩するようになって、目に見えて活発になった。歩く距離が増え、表情が明るくなった。

そして、その方ご本人も、「私も、何かパワーをもらうんですよ」と仰った。朝の森を歩く。湧水の音を聞く。横に張った根を見て、石を踏んで歩く。それで一日のエネルギーが満ちる感じがする、と。

犬は嘘をつかない。動物が変わる場所には、何かがある。その方の主観だけならまだ「気のせいでは」と言える話だが、犬まで変わっているとなると、土地の側に何かがあると考えるのが自然だ。

私は鑑定士なので、それを科学的に証明できない。だが、犬と人がパワーをもらうと言われた場所に、地下水が浅く湧き、石がごろごろし、横に根が張り、町では見かけない鳥が鳴いている森があるという事実は、覚えておくべきだと思っている。

神聖な場所——泉野中道のおばあちゃんの古民家

実は、私自身にも何かパワーをもらう場所がある。

それは茅野市泉野中道にある、おばあちゃんの実家だ。

私は子どもの頃、よくその古民家に泊まりに行った。築は分からないが、間違いなく明治より前から建っている民家だ。土間があり、太い梁が黒く光っていて、夏でも家の中はひんやりしている

エアコンで作る冷房とは違う。夏なのに、家の中を風が通っていく。窓から窓へ、土間から奥の座敷へ、奥の山から下りてきた風が抜けていく。じっと座っていると、額の汗が乾いて、首筋がすっと涼しくなる。地面に近いところから上がってくる冷気と、奥の山から下りてくる風が、家の中で交わっている。

そして空気が澄んでいる。湿気はあるが、重くない。窓の外には八ヶ岳が見える。

その家にいるとき、私は子どもながらに何か力を感じていたと思う。家そのものの力もあるし、八ヶ岳のパワーも感じる。土間に立っていると、足元から何かが上がってくる感じがする。

大人になって、鑑定士として土地を見るようになって、この感覚の意味が少しずつ分かってきた。

泉野——デイダラボッチが土を置いた場所

茅野市の泉野という地名は、八ヶ岳西麓の古い民話に出てくる地名だ。

巨人でいらぼっち(デイダラボッチ)が、八ヶ岳を削って土を運ぼうとして、粟沢のあたりで天秤棒が折れた。動かなくなった二つの土の山が大泉山と小泉山。茅野市玉川・泉野・豊平の境にある二つの小山だ。

つまり泉野は、デイダラボッチがもっこを置き去りにした土地のすぐそばにある。そして「泉」という地名のとおり、水が豊かな土地だ。

私のおばあちゃんは、その地名のとおりの泉のような土地に住んでいた。古民家の裏には小さな水の流れがあり、井戸には澄んだ水が湧いていた。建物自体は古いが、土地が持っている力が建物の中まで通っている、そういう家だった。

「ひんやりしている」「夏なのに風が通る」「澄んだ空気」「何か力を感じる」——子どもの頃に感じていたこれらの感覚は、いま地質と歴史を辿って考えると、土地そのものが持っている条件から来ていたのだと分かる。

地下水が浅く湧く土地。動いている水のそば。火山の崩落で運ばれた石の上。縄文人が集落を作った標高帯。デイダラボッチの民話が残る地名。そして八ヶ岳の麓——1,500万年の地殻変動の真上に建っている古民家

子どもが何も知らずに「気持ちいい」と感じていたのは、その全部が重なった場所にいた、ということだ。

「ずっといたい」が、土地を選ぶ基準になる

ここまで書いてきたことを、ひとつにまとめたい。

神聖な場所という言葉がある。神社や寺など、人が祈りを捧げる場所をそう呼ぶことが多い。だが私は、神聖な場所とは、土地そのものが持つ力が、人や動物にまで届く場所のことだと思う。

深山の森で「ずっといたい」と感じる人。散歩で元気になる犬。泉野中道の古民家で「ひんやりして、何か力を感じる」と感じる子ども。

これらは全部、土地の力を身体が読み取った反応だ。

地下水が浅く湧き、動いている。石が転がっていて、根が横に張っている。標高は900〜1500m帯で、夏は涼しく、冬は厳しいが乾いている。八ヶ岳の伏流水が流れ、フォッサマグナの火山が南北に並んでいる。町では聞けない鳥が鳴いている。縄文人が選んだ条件と、いま犬と人がパワーをもらう条件が、同じだ。

これを「神聖」と呼ぶか「運気」と呼ぶか「気持ちいい」と呼ぶかは、人による。だが、土地の側に何かがあることは、現場で感じる人が必ず感じる。

そして、感じた人は——ずっといたい、と思う。

これが、土地を選ぶときのいちばん大事な基準だと、私は思っている。

物件を見るとは、土地を見ること

八ヶ岳ライフでは、移住・二地域居住・農ある暮らしを検討している方の物件案内をしている。その中で、私が一番大事にしているのは——お客さんを土地に立たせることだ。

机の上で図面と価格を見ても、土地のことは分からない。深山の森のような場所では、5分でも10分でも、森の中に立って、空気を吸って、水の音を聞いて、鳥の声を聞いて、足元の石を踏む。それで土地のことが分かるかどうかは、その方の身体の感度による。

「運気がよい」と即決した方のように、身体で選べる方は、たいていご縁が続く。そして引っ越してきてからも、犬が元気になり、ご本人もパワーをもらって、いい暮らしを作っていかれる。

逆に、図面と価格と利回りだけで判断したい方には、私たちの扱う物件は合わないことが多い。これは「合う・合わない」の話で、優劣ではない。

水が湧き、石がごつごつしていて、横に根が張り、町では聞けない鳥が鳴いている森。古民家の土間に、夏でも風が通って涼しい集落。神聖な土地、運気のいい場所、犬がパワーをもらう森、ずっといたくなる場所——呼び方は何でもいい。土地に立てば分かる場所が、八ヶ岳西麓にはいくらでも残っている。

新幹線もリニアも通らなかった。大規模な開発の波が届かなかった。だから壊されずに残った。五千年前の人たちが選んだのと同じ条件が、今も生きて目の前にある。

物件を見に来られる方は、ぜひ深山の森に一度立ち寄ってほしい。物件そのものより、まず土地に立つ感覚を確かめてほしい。

そこで「ずっといたい」と感じた方となら、いい仕事ができると思っている。

 
 
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