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縄文人が「住める」と決めた土地で、いま畑を持つということ

  • 2 日前
  • 読了時間: 5分

ある日、茅野市金沢に一筆の畑を見にいってきました。

車を降りて畑に立つと、なんとも言えない雰囲気の場所でした。静けさと、土の気配が混じり合って、ふっと、木の向こうから縄文の人が出てきても不思議じゃないような——そんな空気が流れています。立っているうちに、自然と思いました。「この土地、いつから人が暮らしてきたんだろう?」

この土地は、なぜ何千年も人が住んできたのか?

答えを先に言うと、八ヶ岳西麓は日本でも有数の、縄文中期の集落跡が集まる場所です。

茅野市の尖石遺跡をはじめ、この一帯には五千年前の人々が暮らした跡が広く分布していて、金沢のこの土地も、法律上「埋蔵文化財包蔵地」に含まれています。畑の足もとに、それだけの時間の層が眠っているということです。

縄文の人々がここを選んだ理由は、難しい話ではありません。日が当たり、水が引け、冬を越せて、森と川が近い。暮らしの土台になる条件が揃っていたからです。八ヶ岳の湧き水、南へ開けた斜面、狩りと採集ができる森。

彼らはそれを身体で読んで、住む場所を決めました。畑のまんなかで深呼吸すると、その選択が、なんとなく腑に落ちます。

八ヶ岳西麓の縄文集落が栄えたもう一つの理由が、黒曜石です。和田峠や霧ヶ峰でとれる黒曜石は、刃物の材料として全国へ運ばれていきました。ここはただ閉じた山あいだったのではなく、人と物が行き交う結び目でもあったわけです。自分の暮らしを自分の手元で成り立たせながら、外ともゆるやかに繋がっていられる土地——その構造は、働く場所がデジタルで土地から自由になった今と、不思議なくらい重なります。

数千年前に「ここなら住める」と判断された条件は、今もそのまま残っています。畑が今も続いているのは、その判断が正しかったことの、いちばん静かな証拠です。

金沢という場所——市街地と森のあいだ、暮らしが続く帯

歩いてみると、金沢の立ち位置がよくわかります。駅前の市街地でもなく、別荘地の森でもない、ちょうどその中間。標高はおよそ1000m。エコーラインを少し登った、田と畑と地区の道が当たり前に続く集落です。

この標高帯は、今ちょうど見直されているところです。夏は市街地より涼しく、温暖化が進むなかで、かつて「寒くて不便」とされた高さが、むしろ過ごしやすさと希少性に変わりつつある。同時に、住宅の断熱性能が上がったことで、冬の寒さも昔ほど大きな壁ではなくなりました。標高1000mは、避ける理由のあった高さから、選ぶ理由のある高さへと、評価がゆっくり入れ替わっている帯です。

もちろん、田舎暮らしの夢物語ではありません。冬は冷え込み、水道の水抜きや凍結への備えがいり、雪かきも薪の用意も日常の作業として入ってきます。そして集落である以上、区に入り、水の管理や地区の役を「みんなで薄く分け合う」関係のなかに身を置くことになります。これは負担というより、暮らしのインフラそのもの。畑も家も、ひとつの集落のなかで初めて機能します。

民俗学者の柳田國男や宮本常一が歩いて記録した「ムラの暮らし」——区があり、田畑があり、水を分け合い、祭りが季節を区切る——その構造が、八ヶ岳西麓では今も実態として動いています。大きな鉄道や高速の幹線ルートから外れていたことが、結果として、この機能を壊さずに残しました。発展から取り残されたのではなく、暮らしの形が守られた、と読むほうが正確です。

この畑そのものについて

さて、肝心の畑です。集落のなかにある一筆で、森のなかの別荘地ではなく、周囲にも畑が続く耕作地のただ中にあります。南北に長い地形で、土はよく手入れされてきたやわらかさ。立っているだけで「ここなら育つな」と感じる土でした。

約444坪(1,467㎡)という広さは、家庭菜園の規模を超えています。 一年の食をある程度自分の手で組み立てられる——そういうスケールです。半分を自分でまかなう暮らしを、実際に成り立たせられる広さだと考えてください。

Q. この畑は誰でも買えますか?

いいえ。この土地は地目が「畑」のため、購入には農地法第3条の許可が必要で、諏訪地域内にお住まいであることが要件になります。

賃貸アパートなどでの住所移転でも要件は満たせますが、地域外からそのまま購入することはできません。許可にあたっては八ヶ岳ライフが農業委員会への申請を自社で代行します。

おまけ:畑仕事のあとは「金鶏の湯」でひと風呂

現地を見にいって、もうひとつおすすめしたくなったのが温泉です。金沢地区には市営の日帰り温泉「金沢温泉 金鶏の湯」があります。

畑仕事でかいた汗を、その日のうちに流して帰れる距離です。

名前の「金鶏」は、武田信玄が開発したと伝わる金鶏金山に由来します。金沢が甲州街道の宿場町だった頃の風情を残した和風の建物で、つるりとしたアルカリ性の湯。サウナと水風呂もあって、地元の人たちの社交場としても賑わっています。

土をいじって、湯に浸かって、休憩室でひと休み。

畑のある暮らしの一日の締めくくりとして、これ以上ない組み合わせだと思います。

こんな方に向いています

  • すでに諏訪地域で暮らしていて、まとまった畑を持ち、半自給の暮らしを自分の手で組み立てたい方

  • 家庭菜園では足りず、お米や保存食まで含めて一年の食を耕したい方

  • 集落の景観と地区の慣習のなかに入って、その土地で作物を育て続けたい方


金沢のこの畑は、その問いにとても素直な土地です。数千年前の人が住むに足ると判断し、今も周りで畑が耕されている。それ以上の評価軸はありません。派手な準備ではなく、日々の暮らしのなかに組み込まれた、静かな自前化。

純粋な農地ですから、誰にでも、何件でも、という土地ではありません。けれど、こういう土地を受け、相談を受けること自体が、この地域に根を張る私たちの仕事の形だと思っています。

土の状態や水の引き方、地区との関わりについては、現地でご説明できます。気になる方は、一度見にいらしてください。畑のあとの金鶏の湯まで含めて、金沢の一日をぜひ。

物件番号 F260605|茅野市金沢字向阪1544番|約444坪(1,467㎡)|

※農地法3条許可・諏訪地域在住が取得要件です。詳しくは八ヶ岳ライフまでお問い合わせください。

▶ 物件の動画はこちら:金沢1544の畑をYouTubeで見る

🏠 物件の詳細ページはこちら:【茅野市金沢】標高1000mの集落内農地 約444坪


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