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八ヶ岳移住、冬が1か月遅く、春が1か月早い時代― 物価高と3時間圏広域郊外という選択 ―
2月11日の「春のドカ雪」 2月11日、茅野市に雪が降りました。“ドカ雪”と言っても、積雪は5センチにも満たない程度。 以前なら話題にもならなかった量です。しかし体感としては「もう終盤の雪」。 翌朝はすぐに陽が差し、南斜面ではフクジュソウがよく見られます。 冬が圧縮されている ここ数年、はっきり感じるのは ・冬の始まりが1か月遅い・春の訪れが1か月早い もしそうなら、実質的な厳冬期は2か月近く短縮されていることになります。 5センチの雪で済む冬。それ自体が変化の証です。 「春が待ち遠しい」という感覚の変化 以前は ・11月から冷え込み・3月まで冬が続き・春が来ることが解放だった しかし今は違う。 春は突然訪れるのではなく、じわっと続いている。 「春が待ち遠しい」という強い感情はかなり薄れました。 これは感情が鈍ったのではなく、季節の断絶が弱まった結果です。 旅行の意味も変わる 冬が長いと ・暖かい場所へ逃げる旅行・冬脱出型の移動 が必要でした。 しかし冬が圧縮されると ・逃げる理由が減る・日常がそこまで厳しくない・近場で足りる 旅行は「脱出」から
2月12日


子育て世代必見!八ヶ岳の教育環境をチェック
八ヶ岳エリアへの移住を考えるとき、子育て世代が一番気になるのは「教育」と「日々の暮らしが回るかどうか」だったりします。学校の選択肢、保育園の入りやすさ、習い事、医療、冬の通学……。自然が豊かなだけでは、家族の生活は成立しません。 この記事では、北杜市・富士見町・原村・茅野市それぞれの特徴をふまえながら、幼保〜高校までの教育環境と、子育て支援制度の見方を整理していきます。 八ヶ岳の子育てが“強い”理由は、自然だけじゃない 八ヶ岳の魅力は、八ヶ岳連峰の景色や四季の美しさ、涼しい空気、星空…もちろんそれも大きい。でも子育て目線では、むしろこういう点が効いてきます。 🌈自然体験が日常にある(外遊び・体験学習がやりやすい) 🌈過密ではない環境(通学・生活のストレスが比較的少ない) 🌈地域コミュニティの距離が近い(見守り・情報が回りやすい) 🌈自治体の移住・子育て支援が充実しやすい(人口構成上、力を入れやすい) ただし、地域によって色が違うので「どの自治体が自分の家庭に合うか」が大事です。 エリア別:教育・子育て環境のざっくり特徴 北杜市(山梨).
2月6日


茅野市の空き家は売れる?——値段の前に「冬に住めるか」を点検する査定【鑑定士が解説】
空き家を売ろうと思ったとき、多くの方が最初に気にするのは「いくらになるのか」です。もちろん価格は大事です。でも茅野市のように、平地もあれば標高もあり、冬の冷えや雪、日射、森の濃淡まで住み心地を左右する地域では、“暮らしが成立するかどうか”が価格より先に効いてきます。 ここでいう「暮らしが成立する」とは、ざっくり言えば、 💡冬に生活が回る(凍結・除雪・日射・車の動線) 💡水まわりが成り立つ(水道・井戸・排水・浄化槽) 💡固定費をコントロールできる(維持管理・修繕の見通し) 💡次の人が「住める」と判断できる(心理的な不安が減る) このあたりが揃っている状態です。 そして、空き家の査定で怖いのは、建物の傷みそのものよりも、「暮らしが成立しないサイン」を放置したまま売りに出すことです。買い手は敏感なので、そこで止まります。 今日は、実際によくある流れを、事例で説明します。 事例:相続した茅野市の空き家。「建物は古いけど、売れると思っていた」 状況 茅野市内で、相続した空き家を売りたいというご相談。建物は築年数が経っていて、しばらく空き家。室内には
2月6日


都市は、もう「暮らす場所」ではなくなりつつある——移住とは、逃げではなく生活の再設計
移住を考え始めた人の多くは、最初から田舎暮らしに憧れていたわけではない。 むしろ、こんな感覚が出発点になっている。 都会が嫌いなわけじゃないただ、ここは「生活する場所」じゃなくなってきた気がする 家賃が5割の社会は、何を示していますか? 都市部では今、家賃が収入の4〜5割を占める暮らしが、珍しくなくなった。 これは贅沢の結果ではない。 通勤できる距離 子育て・介護と両立できる立地 夜や早朝の仕事にも対応できる環境 こうした生活が成立する条件を満たそうとすると、自然にそうなってしまう構造だ。 問題は金額ではない。一度上がった固定費が、下げられないことだ。 都市から最初にこぼれ落ちるのは、誰ですか? この構造の中で、真っ先に限界が来るのは、 介護・保育 医療補助 小売・飲食 清掃・物流 いわゆるソーシャルワーカー層だ。 都市は彼らがいなければ回らない。それでも彼らは、 住めない 通えない 続けられない という形で、静かに排除されていく。 「郊外から通えばいい」は、なぜ成立しないのですか? よくある答えが、 郊外に住んで通えばいい だが現実は、 片道1
2月2日


スキーとスケートが「普通にできてほしい」と思ってしまう理由― 雪のある八ヶ岳の暮らしが、子どもとAI時代に残してくれるもの ―
八ヶ岳で子育てをしていると、ふと自分でも説明できない感覚に気づくことがあります。 「長野県で育つなら、スキーとスケートは普通にできてほしいな」 できなくても、困るわけではありません。受験に有利になるわけでも、将来の仕事に直結するわけでもない。 それでも、なぜかそう思ってしまう。 この感覚を、ずっと不思議に感じていました。 スキーとスケートは“目的”ではなかった 週末にスキーに行き、別の日にはスケート教室があり、特別な練習をしたわけでもないのに、気づけば「普通に滑れる」ようになっている。 雪国では、こうしたことがよく起こります。 でも、よく考えると、スキーやスケートそのものが大事なのではありません。 上手である必要はない 競技を目指すわけでもない 続けなくても構わない それでも「触れていてほしい」と思う。 その理由は、 雪の中でしか育たない感覚 にありました。 陰陽ターちゃん式で見ると、こうなります 陽(目に見えるもの) スキーが滑れる スケートができる 雪遊びを楽しむ 陰(静かに残るもの) 足裏と重心への敏感さ 転ぶ前提で動く身体感覚 地面や状況
1月19日
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